木村健一の留学体験麻生あかりのヤンゴン日記

UFLの学生さんと話して 2005/12/12


 今年(2005年)の9月に入学して来た日本人留学生の数は過去最低かもしれないと聞いていた。現役の留学生さん男女2名に話を聞く機会を設けて、3時間くらい長々と話が出来て楽しかった。(留学生は12月の頭に試験が終わって休みに入っている。)

まず今現在日本人の学生は10名だそうだ。私の頃より4,5人少ない。お二人ともディプロマクラスで、男性の方は3年目だった。私は、2002年の8月で4年行った大学生活を終了した。2003年に思いがけず大掛かりな卒業式を、ヤンゴン外国語大学がヤンゴン大学でやってくれることになった話は、別のエッセーに書いている通りです。

木村がお世話になった先生達も、今は2名くらいしか残っていらっしゃらないようで、さびしい限りです。大筋で何も変わらない学園生活のようですが、1つだけ厳しくなったのが服装です。

我々の時はミャンマー人学生(英語科や日本語科、ロシア語科、フランス語科、などなど)も思い思いのファッションを楽しんでいたと思う。お金持ちのお嬢さんが多く、私が通学していたとき現役のモデル嬢も2名くらい在籍してたから、ミニスカートや、かなり肌の露出が多い人も目に付いた。

ところが今はどの大学でも、ミャンマーの伝統的なロンジーを着ることが義務付けられて、男子は上着はTシャツも不可になったそうだ。一応留学生も、ロンジー強制ではないが半ズボンやミニスカートはあまりいい顔はされないらしい。日本の戦時中ではないが、ミャンマーは学生に加えて、TVや映画、CMなどは本当に服装のチェックが厳しい。あるCMはモデル上の短かめのTシャツから、ウェストの肌が2センチくらい覗いていたというので、撮り直しになったそうだ。

自分たちの頃は、数では一番多い韓国人留学生は何故かほとんどミャンマーの民族衣装を着なかった。韓国の女性でひざ上のすごいミニの人もいた。

日本人特に女性陣は皆さんほとんどタメイン(女性用ロンジー)を着てあったと思う。私も4年間のうち2年間は毎日ロンジー(男物はパソー)で通った、3年目から4年目にかけて、日本人には特に自分にはロンジーは似合わないと悟り、ズボンスタイルに切り替えたが、今はまたロンジー党に戻っている。似合う似合わないというより、ロンジーはミャンマーの気候風土にマッチしていると思う。太ってもやせてもロンジーだと関係ないし、ミャンマー人の中に埋没できる利点がある。

つらつら話していて、やはり学生時代が懐かしく、もし望むのであれば私が受講できるクラスが2つある。上級クラス(1年間)かディグリークラス(3年間)どちらか受講しようかな?と真剣に考えているが、1年間に3度の試験はもうカンベイして欲しいので、、、、4年間通ったので充分か、、? 

しかし、話すミャンマー語は毎日話しているので問題が無いが、書くことは日常生活でそれほどあるわけではないので、外大で学んだことがある人が、大学を出た後にまず「書けなくなる」そして「読めなくなる」それから「話せなくなる」というプロセスをたどるようだ。

私も今ほとんど書けなくなっている。誰か一人ミャンマー人が傍にいると手紙くらいならまだ書けるが、理論的な文はカンベイして欲しい。

聴講生のような制度があれば、いろんな大学に籍を置いて、例えば文化芸術大学などでは絵画なども学んでみたいし、ミャンマーの伝統的な音楽や踊りにも興味がある。そんな自由な教育制度には、急には変わらないが、ミャンマー人は本当に勉強好きなので、また勉強する人を、尊敬したりする風潮もある。これらの勉強はこれから老後の楽しみに取っておこう。

12月10日 2005年
by 木村 健一

 
 
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