木村健一の留学体験麻生あかりのヤンゴン日記

1年後の卒業式 2003/11/22


 UFL(ヤンゴン外国語大学)を卒業して、もう1年以上が経つ。今までの私のヤンゴン滞在の大半を、大年増の学生として過ごしたので、数々の想い出がある。その過去のことを書き始める前に、ついこの間の出来事を書きたい。卒業してから1年以上経った後の11月9日(2003年)日曜日に、ヤンゴン大学で、「第1回ヤンゴン外国語大学学位授与式(卒業式)」が開催されたのだ。学長、教授陣、父兄列席のもと盛大な式だった。今回学位を授与された外国人は韓国人4名、ラオス人、中国人が各1名、日本人は私1人で晴れがましい式典に臨んだ。実をいうと、これらの外国人は去年、UFL本校で1度学位授与式を経験している。そのときには私も他の3人の日本人とともに、黒に水色の線の入った学位マントと学位帽をかぶった。

 今回の卒業式の話が最初に来たのは10月はじめころだった。ヤンゴン大学の正門前に私がやらせている喫茶店があるのだが、そこにUFLの先生が来て、「正式の学位がもらえるよ!」と報告された。正式も何も、じゃ去年頂いたものは偽物だった訳?と聞きたいところだが、先生も私も別の用があって時間がなく詳しいことはは聞けなかった。私は申し込み用紙にサインして手続き上のお金を支払った。翌日には、兄が病気ということで、急ぎ日本に帰国したのだった(兄の病気はいろいろな検査の結果、癌ではないことがわかり、2週間位で戻って来た)。私以外の日本人同級生2人については、私のほうから彼らに連絡がいくだろうと、先生は考えていたそうだ。私は私で、そんな重要なことだったら先生(学校側)が連絡するものと思っていた。結局日本から戻ると、後の2人には連絡が行ってないことが分り、日本人は私1人で参加することになってしまった(彼らは来年申請できる)。第1回というのは、UFLは以前はIFLと呼ばれる語学専門学校だったが、今回正式に4年制の大学に昇格して始めての卒業生を送り出すからだ。それで、我々外国人の卒業生にもお声がかかったらしい。

 卒業の式典は、まず学位マントをヤンゴン大学に借りに行く事から始まる。ヤンゴン管区にはさまざまな大学があるが、卒業式はこの歴史あるヤンゴン大学(今はものすごく遠いキャンパスに移されていて学生がいない)でとり行われる。自分に合ったサイズの学位マントと学帽を選び、その場で着付けのビデオを見たり試着したりする。このマント選びにも家族総出で来ている学生もいる。学位姿の写真は、その後長らく家の居間に飾られることになる。あるレストラン(というより食堂かな?)では、店主の学位姿の写真が飾られていたし、時々行っていた歯医者さんも親子2代の学位姿の写真が飾られていた。私の部屋にも去年の分の写真がミャンマー人を真似て、小さな写真立てにして飾っている。

着飾った女子学生たち

 驚いたのが8日の学位授与式リハーサルである。許可を受けた(青い腕章をつけた)カメラマンが40人はいただろうか。学位を受ける学生もその家族も、まるで結婚式のような晴れ着に身を包んでいた。頭の髪飾りも、美容室に行って衣装と同色の生花を髪にこれでもかと挿している。私はというと、リハーサルだからジーンズで行こうと考えていたくらいだ。しかし、それではあんまりだと思いなおし、普段着でリハーサルに臨んでいた。そんなふうだから、他の学生達のあまりのおしゃれ振りに驚いてしまった。なぜリハーサルの日にというのは、学位授与式の当日は一世一代の晴れ着の大半が学位マントで隠されてしまうからだ。日本でいうと、結婚式や成人式並みのおしゃれをする日がこのリハーサル日である。UFLは別のコーナーで書いたが、ミャンマー一美人の学生の多い大学なので、もう百花繚乱アチラでパチリ、こちらでポーズでした。私も何人かはカメラに収めたが、あまりの事態に学校側がアナウンスを流していた。「学生ならびに父兄の皆様、まもなくリハーサルが始まります。写真撮影は式典のリハーサルが終わって行ってください」それでやっと何とか、みんなぞろぞろと会場に入場し始めた。

家族総出の卒業式
校舎前での記念撮影
講堂での式典
髪飾り

 学位授与式当日、私も学位マントを自宅で来込んで、恭しくヤンゴン大学に向かった。マントと帽子で大半の晴れ着が隠れるのだが、それでも女学生達は早朝から美容室に行っている。学位帽とわずかに覗く自分の髪に色とりどりの生花の花飾りをしている。大半の女学生は金やルビーの首飾りをマントの首元に見えるようにサイズを短くして付けているし、皆それぞれきれいなパーティバックも持っている。とにかく第1回の卒業式(学位授与式)である。教授陣や教育省の偉い人たちの来賓の挨拶も、第1回ということを強調されていた。式典では、まず卒業生全員が起立して、「ひとつ、我々卒業生はヤンゴン外国語大学の卒業生として誇りを持ち、社会に貢献してゆくことを誓います」などの誓いの言葉を何種類も唱和する。その後、英語科の学生から1人1人壇上に上がって、それぞれの学部長の教授から学位をいただいた。ミャンマー語科は3番目であった。私の番になった。ところがなんと、ラオス人留学生の名前だ。大使館勤務のラオス人が当日急用で欠席になっていたので、間違ってそのラオス人の名前が読み上げられたのだ。私が「名前が違ってます」と言うと、かなり手間取ってが。私の名前に修正された。その間壇上にずっと立っていたので、緊張と恥ずかしさで硬くなってしまった。しかし、いざ証書をを受ける段になって誰よりも大きな拍手をいただいた。この日列席できた喜びがやっとその時になって沸いてきた。

 その時の写真はまだ現像していない。写真だけなら去年撮った分で十分だから。本日も別の大学の学位授与式(ブエニンタビン)がヤンゴン大学で開催されるそうだ。うちの若い方のドライバーが、早朝から親戚のおねえさんが学位もらえるとかで、出かけて行った。撮影された写真は額に入れられ、長らく居間に飾られる事でしょう。

by 木村 健一

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