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王(ワン)さんの事 2005/8/24


 上海の王(ワン)さんとは10数年前に1度会ったきりである。何度か手紙ももらったが、今頃どうしているのやら?長身でやせっぽっちでメガネかけて、もそもそとしゃべる暗い人だったような気がする。

私がまだ日本でバリバリ働いていた頃、私の会社に5名くらい中国の留学生がアルバイトで来ていた。日本での大学も中国の出身地もさまざまで、このうち4名とは、その学生の出身地とお家訪問という名目で旅行をしたことがある。北京、上海、成都、長春などを訪れた。通訳兼ガイドはその学生にやらせ、通常の旅行者が出来ないような、その学生の家族友人に会ったり、都市の路地路地に入り込むような結構面白い旅が出来ていた。しかし、ここで書くのはその旅の模様がテーマではない。

王さんのことであった。ユウコウという上海出身の学生と、何度目かの上海に行った時のことである。両親は上海で開催された社交ダンスで優勝したことがあるハイカラな家族。妹はちょっと危ない感じの美人。ユウコウが1週間毎日ガイドとして付いてくれていたが、昔の恩師に会いに行くというので、1日だけ王さんという人が私を案内しますと、朝ただぴろいホテルのロビーでその王さんを紹介された。

10年前にユウコウと同じ上海にある日本語学校に通っていて、以前はユウコウより成績が良かった人らしい。その王さんと上海博物館(かなり有名な)と、フェリーに乗って河下りを楽しんだのだが、王さんとの会話は最初から最後まで筆談だった。「えっ?日本語がものすごく上手いユウコウよりも10年前には優秀だった人なのか?」と訝(いぶか)ってみても、当の本人が全くしゃべれない。毎日家で2時間の日本語学習を続けているのだそうだ。それを10年間も続けている人である。膨大な時間が無益に流れているとしか言様がない。

ミャンマー人で日本語を勉強している人、また多くの中国人留学生も見てきたが、カンがいい人は半年で何とか話せるようになり、1年ではぺらぺらになる人もかなりいる。それが王さんは10年間ものすごく真面目に頑張って、ほとんど話せない。

私は、ヤンゴン市内北部にあるオカラッパの僧院で5.6年前から日曜日(2年前からは2週に1度)に、ボランティア教師として日本語を教え続けている。
その教室で、生徒も自由参加の教室なので、少ない時は10数人多いときは50人近くになるのだが、生徒さんは常に変わっているので、よくこの上海の王さんのエピソードを生徒さんに話して聞かせる。

というのは僧院に来る生徒さんの中にも、明らかに第2第3の王さんがいるからだ。「勉強のやり方がまずいと、10年間真面目に熱心に頑張ってもしゃべれないよ!」という警告にみなさんショックを受けるようだ。

しかし、これは事実である。語学の才能ほど個人差のあるものはないと思われるが、語学のセンスもあるが学習方法がなにより重要である。最も肝心なのは「耳」、私のように耳が悪いと、初めからハンディをしょっているようなものだが、細部にこだわる人はなかなか上達しない。間違ってもいいからどんどん話さなくちゃ語学の進歩はない。また、やたら漢字ばかり一人コツコツと頑張る人も、やはりしゃべれない。

私は大きな声で「漢字をたくさん知っているからって、アスィンミン(程度が高い)と思うのは、勘違いだよ!」と一喝する。漢字が頭の中にどんどん増えてくる生徒は、頑張っている努力している姿は賞賛に値するけれども、何枚も洋服や上着コートなど着こんで、着膨れした人が上手く歩けないように,実践としての会話がスムーズに出来ない人が多い。

王さんがその後どうなったか、あれから4,5回上海に行ったが会っていない。おそらく日本語はあきらめたか?まだまだ毎日学習を続けているのか?ふと気になる今日この頃である。

2005年 8月24日 深夜
by 木村 健一

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