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ミャンマーで生きること(質問に答えて編) 2005/1/3


 2005年になりました。短くは無い人生で大晦日、元旦と仕事したのは初めての経験です。なれない旅行業12月は神経使いました。12月半ばには入院騒ぎもありました。仕事上のパートナーでドライバーの親父も倒れて彼も入院しました。しかし、何とかすべて乗り切りました。今回のテーマは「ミャンマーに暮らす」というテーマで書こうと考えています。最近会社宛のメールやヤンゴンライフの中の掲示板でも目立ってきたのが、「ミャンマーに暮らす」ことへの質問です。正直戸惑っています。といいますのはそれらの質問してくる方に対してどうお答えしていいものか?今現在ヤンゴンで暮らしている私ですが、人様のサンプルになるような生き方をしているわけでもなく、経済的にも特に成功しているわけでもなく、7年間病気ばかりしている人が他人に何か参考になるような事を書けるだろうかと思うわけです。

 まずサイトの中では、病気のことは極力触れないできました。「ミャンマーで暮らす=病気になる」と誤解されるのも嫌ですし、ミャンマーに関してマイナスになることは避けてきたからです。何度も辛くて苦しい病気にかかりました。しかし、周りを見渡してもこんなに病気をしたのは私の他にいません。大学が休みになると必ずさまざまな病気になって、1ヶ月以上寝込むことも何度もありました。学友からは「病気の木村さん」と揶揄され、よくお見舞いにも来てもらいました。日本では大病にほとんどかかった経験が無いのに、ミャンマーでは4回の入院を含み通院や自宅で治療を受けたり本当に辛い闘病生活が長く続きました。それらの辛い経験の中で2,3度病気治療のために日本にも戻りましたが、一度もミャンマーでの生活を断念しようとは考えませんでした。そして必ず病気は治り今日までミャンマーでの暮らしが続いております。

 第2に、経済的に成功しているわけでもない人間が、これからミャンマーで暮らしたい=こちらで働きたいという方に、アドバイスらしきものも無責任には出来ませんし、本当にこのようなメールに困惑しているのが実情です。2軒レストランを経営していますが、喫茶店のほうは赤字こそは出していませんが、コーヒー1杯が日本円で12円です。ミャンマーの飲食業はものすごく原価率が高く、信じられないくらい利益が出ません。もう1軒のビヤ・レストランの方は、1年前から店舗にかかる税金が12倍、アルコールを販売するライセンス料が12倍、土地代が3.5倍になり、全く利益が出ないばかりか赤字です。しかし、35人の従業員さんを失業させるわけにはいきませんので、何とかがんばっているのが現状で、ここでの収益は全く期待しておりません。昨年の5月くらいからスタートしました旅行業も、ミャンマー人も含みいろいろな方から2年間は喰えないよと言われてましたが、事務所も車も自前ですので何とかいいスタートが切れておりますが、やっとこさスタッフの給与が支払える程度です。

 ですから、経済的には、ほとんどが日本からの持ち出しで暮らしているのが現実です。また、今までのエッセーをよく読んでいただいたらわかると思いますが、2つの会社、家2軒、車2台バガンやエヤワディーに土地も買っていますが、これらも全てミャンマー人の名義を借りてのものですから、私のものですとはいえません。また、将来的に所有権を巡って問題が起こる可能性も否定できません。実際工場や会社をかなりの日本人の方が、ミャンマー人に取られるケースも何件かおきています(この件に関しましては、詳しい実情を知りません)。

 また、私はこの国にまずはミャンマー語を勉強したいという目的で来ましたので、今年の3月で丸々7年の期間中、4年間はヤンゴン外国語大学に通っておりましたし、その半年前までは個人的にミャンマー語のレッスンだけで暮らしておりました。実際にこちらで働く事を考え出して、1年くらいしかたっておりません。しかし、働く予定など何も無かった時期に、東大の研究生の友人と自分のメールアドレス取得のために会社を2つ申請したのです。3年前くらいだったのでまだバガンネットもなく、政府系のMPTだけで、ここではメールは個人では取得が非常に難しかったからです。申請から10ヶ月で許可が下りペーパーカンパニーが先にありましたので、旅行業するときはそれで時間をおかずにすることが出来ました。3年前には旅行業をするなど夢にも考えていませんでした。ですから、本当に働こうと思われる方に、とてもアドバイスなど出来ないような行き当たりばったりの人生をこのヤンゴンで過ごしているわけです。

 また、他でもたびたび書いていますが。車と電話は日本では信じられない値段です。私が所有している日産サニー(1987年)は、2003年7月に買いましたが、日本円で250万円しました。自宅、事務所レストランと合計4台の電話がありますが、1本50万円くらいします。今携帯電話を申請していますが、内金はすでに納めて2ヶ月くらい待っています。45%くらい値下がりしましたがまだ日本円で23万円位します。レストランから電話があって3,4回日本人の方が、ミャンマーでなにか商売をやりたいのでアイディアをくださいと突然質問攻めにあったこともありますが、上記の車や電話の価格を教えるとたいていの方は驚かれるようです。家賃なども高いです。多くの人がもっと簡単に安く何でもはじめられると考えておられるので、少し話すとほとんどの方が押し黙ってしまいます。

 ざっとミャンマーでの困難な事ばかり書き連ねましたが、大きな会社の派遣社員やNGO、日本語学校の教師として来られる方たちもいますし、1人1人がそれぞれのスタイルでこのミャンマーとかかわって、毎日元気に働かれているわけです。

 質問で1番困るのがどんな分野で可能性がありますか?ときかれましても、こちらが尋ねたいくらいです。可能性のある職種にはもすでに先にやられている方がいるだろうし、ヤンゴンにある日本人会にも商工会にも木村は所属していませんので、その辺の事情は本当にわかりません。ただ私が知る限りでは、ヤンゴンで個人経営で成功されている少数の方を思い浮かべると、ほとんどの方が長年かかって土台を磐石にされた方か、英語とミャンマー語でスタッフを使える方に限られているような気がします。アドバイスできるとしたら、半年くらいこの国にとにかく住んで見て、自分で見て聞いて納得されて将来を決められる事です。それは日本をはじめどの国でも同じ事だと思います。

 ヤンゴンライフの管理人で東京在住のパートナーの後藤氏は、自分のサイトでミャンマーとのかかわりを、1980年代に中国の辺境地であった日本人旅行者から、「ミャンマーは夢のような国ですよ」といわれ、1987年からその「夢の国」とかかわられています。これはとても羨ましい事です。昨日2名のばらばらに来られた日本人の方、3年前からお二方とも友人のような付き合いが続いておりまが、彼らも「夢の続き」の人たちです。どこでもそうでしょうが、一旦根を張ってそこに生活すと「夢の続き」では生活できません。旅でかかわる事と、そこで生活すると言うのは、まるっきり違います。私も本当にミャンマーが好きであれば「夢の続き」の旅行者としてこの国にかかわるべきだと、2人と話しながらまた後藤氏を思いながら、羨ましいと思った昨晩でした。

by 木村 健一

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