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ミャンマーの教育事情と子育て 2004/11/2


 私のヤンゴンライフが一変してしまった。ミャンマーブログの中にも時々顔を出している「悪ガキ」を育て始めたからだ。ちょっと夜帰りが遅くなったら、この13歳の悪ガキはビルの下で待っていた。そこには24時間体制でガードマンがいるし、明かりもついている。その時停電だったようだ、急に電気が消えて1人で部屋にいて怖くなって下で待っていたのだろう。口では「怖くない」とは言ってるが、やはり子供だと思いそれからは夜は1人にしないように気をつけている。

 名前はゾーウィントンという。去年はじめて来た時に、兄のドライバーと共に1週間お寺に入っていたので坊主頭でやって来た。ミャンマー語で坊主頭を「ガドン」と言うが、それが彼の呼び名になっている。田舎の学校が3ヶ月近く休みの間に私のレストランの下働きなどを黙々とやっていた。誰からも好かれる素直な性格で、「来年も来いよ」と田舎に帰って行った。1年たって本当にまたやって来た。兄が言うには、「もうお金もないし学校にやれないので農業を手伝わせる」と親が言っているそうだ。その時余り深く考えないで「じゃここから中学に通わせばいいじゃないか?」と23歳の兄のドライバーに言うと、「考えて見ます」と言って1週間がたった。「田舎の両親に許可をもらってきます」と田舎に1人で戻って行った。田舎に行くと大体1週間くらいはかかる。両親も本人のためにもその方がいいだろうと納得したそうだ。それからガドンはタムエにある中学校に編入して7学年生になった。

 ミャンマーの教育制度は、大学上がるまでに11年間、日本の小学1年生に当たるのが「友達学年」2年目から「1学年」と数えて高校2年(別名10学年)で、全国規模で10学年の試験がある。これが運命を左右する大試験で、全生徒の4人に1人くらいしか合格できない。また合格した成績によって行ける大学も決まってくるので、本当にこの10学年試験でミャンマー人の若者の人生が決まるといっても過言ではないだろう。落ちた生徒は何度でも年に1度のチャンスに受験して、うちのレストランのスタッフでも9名大学生がいるがストレートで合格したのは2名だけで、他の子は2,3回チャレンジしての合格である。それで10学年の試験合格が、ミャンマーの中学、高校での最大の目標になるわけだ。そのためにまず裕福な親たちは、名門校といわれる中学や高校に子供を入れることに血眼になるようだ。寄付金、月謝、先生たちへの付け届けなど半端な金額ではないそうだ。因みにガドンが行っている学校は名門校でも有名校でもないので、編入の時の寄付金は1万ks以下だった。有名校に見られる車の送迎で道路が渋滞するでもなく、うちのガドンは歩いて2分という通学時間で、それでも毎日遅刻ぎりぎりで通っている。また、インターナショナルスクールなど全編英語教育を外国人の師弟と共に学んでいるミャンマーの大金持ちの子達は、月謝にして500ドル(この金額はミャンマー人のほとんどの家庭の年収よりも多い金額)で、スクールバスや自家用車に乗って制服で通学している。また塾や家庭教師などに多額の金額を支払っている家庭も多い。

 そこでガドンの成績のことだが、成績表が毎月学校から送られてきて、それに保護者がサインして子供が学校に再び持っていきます。毎月です。7月の成績がクラスで57人中35番、8月30番、9月21番もう一息って感じで成績は上がってきていますが、肝心の英語と数学が赤点です。田舎の子は特に英語が遅れているそうです。本人は1年間のうちに他の子に追いつくよと悠然と構えてテレビばかり見ています。ヤンゴンに来て「教育パパ」になるとは思いもよらなかったけど、子供を育てる事で見えてくることもある最近のヤンゴン生活です。

参考までに、ミャンマー学校制度です。
友達学年(1年)、小学校(4年)、中学校(4年)、高校(2年)、大学(3年制と4年制あり)

by 木村 健一

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