ミャンマーで考えたことミャンマー大好き行ってきました

ミンガラー日本語教室   by  西田敦

2005/11/07

 

 

 

 

 

 

筆者紹介

1995 年神田のチェリービルマ語教室に入学、翌年ミンガラ日本語教室を設立、 98 年に両教室を母体とした「みんがらネットワーク」を創設して会報を発行。今までにミャンマー人千数百人に日本語を教える。ミャンマーの名前を「ウーミンガラ」といい、東京在住のミャンマー人もこの名前はよく知ってる。千葉県習志野市在住、 77 歳。( nishida-mingalar@basil.ocn. ne.jp )

ミンガラ日本語教室のある日@ 

「先生 おはようございます」「きょうはチョッと寒いね。先生元気?」 いつもと同じように、にこやかな挨拶が飛び交う。先日も一人の女子生徒がニコニコしながら、  

「先生、きょうはカッコいいね」

「日本語の使い方が少し変だよ。 きょうは でなく きょうも だろう?」

「いいえ、きょうだけのような気がします・・・・」

さらりと言うところが可愛い。言葉はぞんざいでも、笑顔が嬉しい。このようにして毎週日曜日、東京秋葉原のミンガラ日本語教室はスタートする。

 私たちの教室は 10 時から始まるので、私は9時 40 分に教室に行く。すぐカーテンを開け、机や椅子を押入れから取り出して、ロの字に並べる。一息ついた頃に生徒が一人、二人と入ってくる。しかし、予定メンバー全員が揃うのは大体 10 時半前後だろう。「ミャンマータイムだからね」と先生方は半分諦めている。

その頃になると、生徒たちはドアをそっと開けて入ってくる。「遅くなってゴメンなさい」「ナウッチャーデー(遅刻しちゃった)」などなど。だから彼らは遅刻は悪いことと認識はしているみたいだ。事実、東京の職場では遅刻しないという。日本で真面目に働くことが彼らにとって極めて大切なことであり、最優先に考えている。その反動もあるのか、教室での遅刻はそれほど気にしていない。常に分単位で時間を気にする日本人としては、いささか気にはなる。ある日、遅刻常習者のC君に聞いてみた。

「今日も遅刻だね。どうしたの?」

「すみません、朝が眠いので・・・・」

「昨日は何時に寝たの?」

「昨日は朝から夜 11 時まで仕事をしていて、寝たのが 2 時、今朝はたまの日曜日なので、 9 時過ぎまで寝ていました」

「土曜日も仕事があるの?」

「はい、休みは日曜日だけです」

 生徒にこう言われると、遅刻するのも仕方ないかなあという気になり、ついつい同情してしまう。

「そう、それはたいへんだね、体に気をつけてね」

話が変わって、今度は早退常習者のT君に理由を聞いてみた。

「どうして早く帰るの? 何かあるの?」

「これから仕事です、先生、お先に失礼します」

にっこり笑って部屋を出て行った。どうやら仕事の合間の時間を利用して教室に来てるらしい。

現在ミンガラ日本語教室では、 40 人近い在京ミャンマー人が熱心に勉強している。一方ボランティアの先生が 16 人いて、みな日本語教師の資格を持っており、ビルマ語を理解する先生も少なくない。  

クラスは 1 級から 4 級まで分かれていて、各クラスとも生徒は 10 人以下の少人数で、駅前留学で有名な某社のCMと同じく理想的な体制だ。このためか日本語能力試験には毎年大勢合格している。

当教室は 1996 年に生徒 2 人でスターとしたが、その後口コミで順調に発展し、今年はちょうど 10 年目という節目の年に当たる。この 10 年間に千数百人の卒業生を出しており、そのほとんどが帰国してミャンマー各地で活躍している。ヤンゴンで日本語を流暢に話すミャンマー人がいたら、もしかしたら「ミンガラ日本語教室」の出身者かもしれない。

当教室では日本語を教える傍ら、富士山や日光、箱根への修学旅行や、ひな祭り、端午の節句、七夕、クリスマス会、忘年会などを実施している。さらには無料健康診断への参加、先生と生徒が共同で作る雑誌「みんがらネットワーク会報」の発行、サヤガドーボエ(先生に感謝する仏教儀式)の開催、水掛け祭りでの出店など、いろんな行事に参加して、彼らの心の安らぎに気を配っている。

ミンガラ日本語教室は、彼らの勉強の場、憩いの場、情報交換の場でもある。笑顔に満ちた彼らが、将来日緬親善の架け橋になることを期待している。

ミンガラ日本語教室のある日A

当教室は、以前は金曜日と土曜日にも授業していたが、帰国者が増えたため、縮小して現在は日曜日だけ教えている。東京で働いている外国人の多くは、休日しか教室に来ることが出来ないため、日曜日に開設しているミンガラ日本語教室は、彼らにとって、まことに都合のよい教室となっている。

先日、私の携帯電話が鳴った。

「すみません、日本語を勉強したいのですが、日曜日に教えていただけますか?」

「日曜日? いいですよ。ところでお国はどちらですか?」

「中国です」

「ごめんなさい、ここの教室の生徒はミャンマー人だけなんですよ」

 この種の電話は今までに何回もあり、そのたびに丁寧にお断りしている。ミンガラ日本語教室はミャンマー人だけに日本語を教えている極めてユニークな教室である。

 失敗談もある。三年ほど前だったか、一人の新入生が入ってきた。ほかの生徒と同じように最初に住所と名前を記入してもらった。なんとなくミャンマー人と違う名前だったが、あまり気にしないでいた。三週間たって彼が教室でひとりポツンとしていることに気がつき、下手なビルマ語で声をかけてみた。

「日本語難しいですか?」

「???」

隣の生徒が手助けしてくれて、今度は流暢なビルマ語で伝えた。

「先生は日本語は難しいですか?と聞いているよ」

「???」

この時点でやっとミャンマー人ではなく、マレーシア人だということが分かったので、丁重にお引取り願った。なんと 3 週間もの間、たった一人のマレーシア人が、ミャンマー人に囲まれて勉強していたことになる。

 このように教室ではミャンマー人だけが集まっているので、生徒同士の連帯感が強く、病気・出産・帰国などの費用に対する互助会制度も整っている。彼らは休み時間に大きな声でミャンマー語で話し合い、笑い合っていて、日ごろのストレスを解消しているようだ。教室は1階と 2 階にそれぞれあり、時々一階の笑い声が2階にまで聞こえてくる。さらには歌声が響いてくることもある。もし、二つ以上の国の生徒が混じっていたら、こういう雰囲気は生まれないだろう。

クラスは、1級、2級、3級、4級とアイウエオクラスの5クラスからなっている。1級は日本の大学に入学できるレベル、2級は同じく専門学校レベルである。1級・2級とも授業は午後5時に終わるが、そのあとは両方のクラスが合流して、群れをなし、先生を引き連れて高田馬場あたりのミャンマー料理店や居酒屋に繰り出し、東京の夕べを楽しんでいる。ただ月曜日から仕事が待ち受けているので、食事が済んだら三々五々家路についている。

 教室に来ている生徒たちは結構高学歴である。ヤンゴン大学やヤンゴン工科大学出身者が結構いる。日本で言えば東大か、東工大卒業生のようなものだ。また、東京大学、埼玉大学、大正大学、日本大学などの修士や博士コースの留学生、日本語学校の就学生も当教室で机を並べている。私の 10 年間の経験からいうと、ミャンマーで高学歴の生徒は大体優秀な成績を上げている。しかし、中にはいつまでたってもアイウエオクラスに顔を出す生徒もおり、特に英語の達者な生徒に多い。日本でも英語が通じるので、深刻に日本語を勉強しないでも何とかなるからだろう。

何はともあれ生徒さんたちよ、早く日本語が上手になって、たくさんの日本人とお友だちになってくださいね。そしていつまでもお幸せに!

ミンガラ日本語教室のある日B

ミャンマー大好き人間は日本にも結構多いが、サヤガドーボエなる儀式を体験した人は少ないだろう。ご承知のようにミャンマーは仏教国であり、国民の多くは仏教を信じている。

仏教徒が大切にするのは、佛、法、僧、親、そして師である。当教室では毎年 10 月中旬に、先生に感謝のお祈りを捧げる仏教儀式の日として、サヤガドーボエの行事が行われる。もちろん主催は生徒たちで、 16 人の先生たちは招待される格好である。この行事はすでに 2002 年から開催されていて、今回が 4 回目である。

 今年は 10 月 16 日に秋葉原の教室で開催された。生徒は減ったとはいえ約 40 人が集まり、先生を敬うお経で始まり、そのあと日本語でそのお経を言い換えて再度唱えた。リードするのは生徒たちの兄貴分といえるチーハンさんで、お祈りが終わったあと、それを受けて、先生方から励ましの言葉が、一言ずつ告げられた。中には感激のあまり、声を詰まらせる先生もいた。私は次のように話した。

 「私には 103 歳の実母と 101 歳の義母がいて、私は実母のいる池袋の老人ホームに毎週 1 回必ず訪問すると同時に、毎日葉書を出していて、すでに千枚近くになっている。一方、私の妻は義母のいる別の老人ホームに毎日 2 回訪問し、食事などの介護をしている。どうか皆さんもご両親を大切にしてください」と。

そのあと各クラスの生徒代表から、感謝の言葉があった。

「最初全く喋れなかったが、少しずつ喋れるようになってありがとうございました。先生方もお体を大切にして、いつまでも私たちを指導してください」などなど。

 最後に楽しい会食となり、先生と生徒一同がテーブルを囲み、和気藹々のうちに行事が終わった。

彼らは貧しい国から、世界第 2 位の経済力を有する日本にやってきた。しかし仏教の教えが身についている彼らは、日本人よりも優れた面を多々有している。彼らが今の境遇をどう考えているのかを知るために、毎年7月の七夕祭りには、願い事を短冊に書いてもらっている。お星さまに彼らは一体何を願っているのだろうか?

◆家族がみんな健康で楽しく暮らせますように!

◆かわいい子供に恵まれますよ〜に!

◆日本語能力試験1級に合格しますように!

◆みんな日本語が上手になりますように!

◆ 120 歳まで生きられますように!

◆アメリカに行きたい!

◆いい職場が見つかりますように!

◆宝くじが当たりますように!

◆来年の夏休みに息子と一緒に帰国できますように!

その他多くの願い事が書かれているが、総じて平和な願い事であり、内容は日本人の多くが願う「家内安全、学業成就」の類と似ている。本当はもっと叫びたくなるような願い事がある筈だが、それらは心の奥にじっと秘めているのだろう。

健気な君たちは末永く幸せであって欲しい。なぜならば、君たちは私たちの息子、娘であり、兄弟だからだ。

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