ミャンマーで考えたことミャンマー大好き行ってきました

生きること、営むこと、つながること
(手間暇かけた結婚体験 その2)
by 伊藤 路子

2004/2/11

 結婚式の前日は、竹で出来た仮設会場のような披露宴会場で、200人程のご近所さんと一緒に食事の準備をしました。花嫁が良く働くかどうかは、親戚だけでなくのご近所のおばさんの興味の対象にもなるようで、あっちこっちからお声がかかり、汗をかきかき対応に追われていました。どこのおばさんグループにいっても、聞かれたのことは3つ。「旦那ちゃんと稼いでる?」「貴方は給料幾ら貰ってるの」「うちの息子に日本女性を紹介してくれないかね〜」
「お正月に恭喜發財(お金持ちになりますように)」を新年の挨拶とする中国人ですから、やはり気になるのは、懐の暖か具合なのでしょう。中国人のしたたかさとたくましさに脱帽。

 いよいよ結婚式当日。2日間寝泊りした離れに別れを告げ、とうとう母屋に移動する日が来ました。荷物をまとめ、みんな温かい視線を送り、やっと敷居をまたいだときは、「私もこれからはこの家族の一員なんだ」と言う実感が胸に込み上げてきました。今までの寂しさはすっかり忘れ、この瞬間を味わうために、離れに泊まらせてくれたことに逆に感謝。この儀式を通して、心のけじめを今まで何人のお嫁さんがつけてきたことでしょうか。 その後、家の祭壇の前で、天と地の神様にお祈りを唱え、永遠の絆を分かち合いました。そして、二人が泊まる部屋へ。ベッドに腰掛け、お互いに焼酎とナツメヤシのスープを飲ませるときに渡されたのは、白い綿で出来た2本の筒と、50m四方のガーゼ布。これが、結婚式最大の謎となったのです。謎は明かさないまま、100人ほど集まった親類1人1人と、はじめての自己紹介。叔父さん、叔母さんいとこにまたいとこ、実に多彩な人間模様。聞くと、子供が生まれた時結婚したとき、そして他界したときに家族が一同に会すそう。たしかに人が生まれて来ること自体がとても凄いことなのであって、それは遠いところに住んでいる親族が時間と金をかけて集まるだけの価値がある出来事なのだと実感すると同時に、こういう生活を守っている人たちは、生きる者として贅沢な人生を送っているなあ、と感心したのでした 。

  さて、自己紹介が終わると披露宴会場へ。披露宴はいたって簡素なもので、日本のような見せ場があるわけではありませんが、600人の来賓が飲み食らい、乾杯(中国式には杯を乾かす一気飲み)を重ねた披露宴でありました。そして、いささか程を過ぎた酔いを感じつつ二人で寝室へ戻りました。ベッドの上には、例の白い綿の筒とガーゼ布。「これ何に使うの?」と聞いた「う〜ん、分からない」と頼りない夫の答え。その後、二人でしばらく頭をひねった後、もしかしてこれは、初夜に新婦の純潔を証明するための布と、声が漏れないようにくわえるための棒なのでは?と言う結論に達しました(とっても真面目な状況下で至った結論です)。こうなると、いささか人にその用途を確認することも出来ず、かといって、ちょっとした物音さえ隣室に伝わりそうな竹で出来た母屋で、想定した通リに目的を達成するわけにもいかず、「明日になって、汚れない布を見てお義母さん悲しむかしら」と心配しながら、何事もないまま(本当です)夜を明かしたのでした。

 その後2日間、親類は帰る準備をする素振りも見せず、朝早くから夜遅くまで、食べ、語り、泣き、笑って、とうとう三日目にすーっと波が引いたように帰路についたのでした。結婚式が終わってすぐ帰るのは、新郎新婦に対して失礼だそうで、時間をかけて一緒にいることが、祝福を送るーつの形なのだとか。家族、そして近所という絆で集まった人たちが、一週間という時間をかけて、これから新しい生活を営む二人の為に精をだす、この贅沢はなんだろう、とつくづく考えさせられました。

 今回の結婚式で経験したのは潮が満ち、そうして引いていくような、穏やかな流れの人の営みでありました。そして、その営みが人と人の縁を紡ぎ、結っていく。そして、その中に存在する様々なルールが、理屈や論理という近代科学的な理屈や論理に立証されないとしても、実はとても道理にかなっていたりすることを身にもって感じたのです。英語にGut feeling(腹わたで感じる感情、「直感」と言う意味で使う)という言い方がありますが、生物は本来、脳よりもっと原始的なはらわたで生を感じてきたと思うのです。この1週間は、何よりも私のはらわたが安寧を覚えた時間でありました。

 さて、最後のおちで恐縮ですが、例の最大の謎であったガーゼと棒について。私達がメイミョーを去ることになったその日、お義母さんに言われたのです。「早く子供を作って、あのガーゼと棒を使ってね」−どうやら私達はトンでもない勘違いをしていたようで、実はあのガーゼは赤ちゃんのおしめ、そして棒は赤ちゃんが横に転がらない為両脇におく支え棒だったのです。危機一髪で、トンでもない恥をかくところでした。ふーっ。

 3月3日には、ヤンゴンでの結婚式に出席するため、はじめて海外旅行を果たした両親も、夫の家族に会って安心したそうです。「これからお義父さんとお義母さんの面倒を見るのは僕の役割だ。ミャンマーで一緒に暮らせませんか」という我が夫の言葉に母は大泣き。父もすっかりその気になって、今からミャンマー語をマスターする覚悟でいます。国や文化の違いはありますが、結局人は一人ひとりがユニークなものであり、これからゆっくりと時間をかけて、この縁があった人とこの人をとりまく環境を知っていこうと思うのでした。

若輩者の二人です。これからもどうぞ温かくお見守り下さい。

by 伊藤 路子
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