ミャンマーで考えたことミャンマー大好き行ってきました

生きること、営むこと、つながること
(手間暇かけた結婚体験 その1)
by 伊藤 路子

2004/2/11

 私は1月22日にコーカン地区出身のミャンマー人と結婚しました。日本でだってミャンマーでだって、結婚式を挙げるのは初めてなのだから、戸惑って当然さと、深く考えずに彼の家族が住むメイミョーでの結婚式を決めた時は、まだ無邪気に笑っていられました。その後まもなく知らされたのは、結婚式の為に1週間日程を要するということ。「ハネムーン付き結婚式で1週間の休暇をとるならまだしも、結婚式だけに1週間も仕事を休めるか!3月にはヤンゴンで披露宴のために、又お休みをもらわないといけないのに」という私と、「僕の顔を潰したくないなら、お願いだから1週間休んでくれ!」と言う彼。しばらく議論は平行線をたどっていましたが、結局事務所の皆様の温かい御好意に甘え、1週間の結婚式に身を委ねることになりました。

 次のショックが訪れたのは結婚式用衣装を最低4着用意してほしいと言われたとき。「演歌歌手のステージショーでもあるまいし、4着なんて……」と言う私と、「衣装が多いのは、嫁ぎ先がお嫁さんを大事にしているという証し。私達のために衣装を用意してほしい」とすがる彼の叔母(彼も衣装替えはしたくなかったので、その時は私に同情して、何も意見しなかった)。結局白いウェディングドレスとチャイナドレス、そしてミャンマーの伝統衣装の3点でお互いが歩み寄った結果となりました。そして、「招待客は600人を越す予定」と彼のお母さんから電話にて告げられたときには、正直何を言う気力も失っていた私。「全てメイミョーで用意するから、貴方は衣装と一緒に来てくれるだけでいい」という言葉を信じ、1月19日メイミョーへと旅立ったのでした。

 夕方にメイミョーへたどり着いた私を待ち受けていたものは食事にいそしむ人の群れ、群れ、群れ。結婚式のためにミャンマー全土から駆け付けた50人程の親類と、遠来からの客に食事を提供する手伝いに参上した近所のお婆さんたちでごっちゃ返しになった庭で、誰にどう挨拶してよいものやら分からないまま、家に近づこうとしたそのとき。「カナーレ!(待って!)」と叫びながら、叔母さんが私めがけて走ってきました。彼らの文化では、結婚前のお嫁さんが家の敷居をまたぐのは大問題。私は離れの家の部屋を用意され、そこで結婚式までの夜を過ごす事になります。それが、寂しいのなんのって。夜、蝋燭に灯された部屋で1人きり、30Mほど離れた母屋では、焚き火の明かりとそれを囲む人達の笑い声。誰かが近づいてきた!と思って外を覗くと、酔っ払いの見知らぬおじさんだったりして、最初の夜は心底、「こんなに早く来るんじゃなかった、、、」という後悔の念で一杯でした。そして、私をこんな目に合わせている彼を恨めしく思いつつ、さっさと床に着いたのでした。

 さて、夜も明ける兆しもない2日目の朝、「ブヒー!」と言う叫び声で目を覚まし、外に出ると、炊事場の横で人が集まっていました。近づくと、豚が最後の雄叫びをあげ、コト切れたところでした。すると、仕事にかかっていた男衆は、瞬く間に黒豚を白豚に剃りあげ、魚の干物の要領で豚を開き、肺にたまった生き血を回し飲みし始めたのです。後、レバーを剃り身(と言うより、手掴みで取って、そのまま口に放り込む形で)で回し食い。「豚は生で食べたら虫がわいちゃうよ〜!」などとは決して言えないようなぐらい、豪快かつ自信に満ちた飲みっぷり、食べっぷりでした。後で話に聞くと、生き血を啜り、生肝を食らうのは、結婚式の楽しみの一つなのだとか。

 その間女衆は何をしていたかと申しますと、屋根からぶら下がる網に大豆の茹でた物を入れ、豆乳作りに励んでいました。手がかじかむ暁のころ、もやもやとたちこめる湯気の向こうで機敏に働く女性たちの姿は、とても幻想的であり、また、手馴れた手つきで豚を解体する男達の姿は、頼もしくありました。こうして皆で協力して朝の一仕事を終え、朝食を済ませた後、私に課された任務は銀杏の皮むきです。米俵に5俵程の銀杏を親類20人と協力して、丸2日かけてむきあげました。銀杏を食す、といっても、日本のように、茶碗蒸にちょっととか、串焼きで、といったようなものではなく、体積の95%が銀杏で占められた銀杏炒めとしか言いようがない代物を600人分用意するのだから、まあ大変です。「結婚式では銀杏炒めは定番なんだ」と言われ、(ただでさえ忙しい結婚式に、何故こんなに手の込む物を)と思った私ですが、その後、銀杏むきを通して、巧妙なる文化の伝承を身をもって経験することになります。

 銀杏の皮むきというのは、非常に単調な仕事であること、力を要しない仕事であること、初心者でも出来る仕事であること、そして、流れ作業でおこなうのが最も効率が高い仕事であること。つまり、銀杏剥きにとっておきの人員は、お年を召したおばあちゃんと、まだ炊事場にて主要のポストを任せられない娘衆、そして、その家族の炊事のイロハを知らないお嫁さんということになります。その集まりが丸いテーブルを囲み、1日 10時間皮むきに精を出したらどのような会話が生まれるでしょうか。世代の違うもの達が、共同作業をより楽しくするために繰り広げる会話は、その家に伝わるしきたり、言い伝え、おばあちゃん達が歩んできた道。そうして次世代に残していきたい彼女の思いを、叙事詩さながらにまとめあげたものでした。残念なことに、わたしは言葉のギャップから、その大きなエッセンスを吸収することが出来ませんでした。内容が理解できないだけ、その風景は象徴的な意味を持って、私に迫ってきたのです。

by 伊藤 路子
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伊藤路子さんの紹介
このエッセイは伊藤路子さんが2002年の1月に結婚された模様を、ヤンゴン日本人会の会報である「パダウ」に寄稿されたものです。コーカン族の風習や人間としてのかかわりを描いてあって、読み物としてもすばらしいので、2003年度版の「ヤンゴン生活手帳」にも再度掲載されました。伊藤さんの許可を得てこのコーナーでも紹介したいと思います。伊藤さんには実は2度しかお会いした事がないのですが、ミャンマー語も日本語も早いので、インタビューは大変でしたが、その模様は「ミャンマーで活躍してる日本人」のコーナーに載る予定です。

 

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