ミャンマーで考えたことミャンマー大好き行ってきました

ミャンマーからのメッセージ by 新川 宏太

2004/1/31

 あけましておめでとうございます。遥かなるミャンマー、更にヤンゴンから車で北に1時間半、ど田舎のここでは灼熱の太陽がギラギラ輝いています。日中の気温は軽く30度を超えます。正月という気分は全くしません。工場は1月1日からフル稼働です。

 昨年は日本で「世界に一つだけの花」という歌が大ヒットしたそうですが、私に言わせれば、この歌で言っていることは30年以上も前から私のテーマです。紆余曲折はありましたし、寄り道もしましたが、オンリー・ワンになりたいと思いつつ歩んで来ました。誰にも出来ない自分だけの道を歩みたいそれが私の思いでした。前の会社でミャンマー勤務を志願し希望通りこの国に来て4年半の昨年春、帰国命令が出た為、やり残したことが沢山あるとミャンマーに工場を持つこの会社に転職をしました。

 この会社も独自な世界を歩むオンリー・ワン企業です。独自の道を歩みつつ、ミャンマーの様な国、しかもヤンゴンから遠く離れた田舎の田んぼと原野の広がる大自然の中にハイテク技術を持ち込み、ミクロの世界のものを作るなど、正気の沙汰ではありません。しかしそれをやっているのです。技術者、経理、マネジメント全ての面において人材が足りませんし、その採用も困難です。電気、水、電話等々のインフラもひどい状態です。ネズミ(ネコくらいの大きさの野ネズミ)が天井を走り回り、機械や配線を喰いちぎります。虫の出る季節はバッタだらけ、1年中蚊が飛び回り、普通の蚊取線香では退散してくれません。会社で使用中のレンタカーは1986年モデルの日産サニーですが、ドアが開かない、車輪がはずれそうになる、しばしばエンストするといった具合です。(それでも市場では200万円相当で売れるそうです。)入社時170名程度であった従業員は既に230名程度まで増えました。頑張ってよい仕事をする人は引き上げ、悪いことをする奴らは順次解雇しました。草むらで私の変死体で見つかる日が来るかも知れません。医療は皆無です。会社の考え方は、様々な点において以前私がいた会社と反対です。

 新年早々次々と問題が発生し、全てが私の所に持ち込まれます。給料を上げてくれ、工場全体の水を汲み上げているポンプが動かない、エアーコンプレッサーが壊れて機械が動かない、材料が切れた、役所が来いと言っている、輸入がうまく行かない、給料計算が間違っているのに経理が聞いてくれない、従業員が駆け落ちした・・・・・ゆっくり考える暇も無く解決して行かねばなりません。誰も助けてくれません。全て自分で解決の道を探さねばなりません。

 昔探検部に属し、今もその気持ちを持ち続ける私にとって、今は毎日が探検であり、苦難を楽しむ毎日です。

 オンリー・ワンになりたいと大勢でカラオケで歌っていてもオンリー・ワンにはなれません。ゴルフ、マージャン、宴会、ネオンサインといったサラリーマンの掟から自由になる必要があります。私もお花見、紅葉、雪景色、温泉、美味しい魚ともしばらくお別れです。

 これが私のオンリー・ワン・ライフです。今年はこの花を咲かせることだけに一生懸命になりたいと思います。失敗すればそれはその時。何とかなるでしょう。

 お時間が許せば見に来てください。歓迎します。お互い良い1年になります様に。

新川宏太氏の紹介
正月の新年挨拶に印象的なメールを頂きました。本来は日本に住む友人知人に出されたもので、ミャンマー国内では私にだけ出したという話でした。差出人の新川氏のお許しを得て、このコーナーで全文を紹介してみようと思います。本人はきちんと書き直しますよと言われてますが、充分面白く迫力に満ちておりますので(また同じ志を持つ者にとって胸が熱くなるメッセージです)、このまま掲載しようと思います。北オカラッパの僧院で日本語を教えるボランティアの教師仲間でもあり、同じ年です。
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