芸能界NOW苦手な経済の話
9
レストラン経営のこと 2005/10/13


 レストラン経営のことで、大きな動きがあったので、ここに記す。以下は10月の初めに日本の友人達に送ったメールである。(**)はあとで追記している。
------------------------------------------------------

ミンガラバー

いよいよ分からない国です。4年前から営業している
ゼイヤミャイン公園のレストラン、先月半ばから、
ほぼ貸す相手が決まっていました。

賃貸料を貰って、後は税金から土地代、アルコールのライセンス料まで責任持つという借り手が現れて、ミャンマー式にすべて1年分前払い。これで一件落着と構えておりましたら。

9月のことです。
ウ・ミャライ(仕事上のパートナーの親父)が中に入って、店で唯一40過ぎ(?)の、アンジーウィン(今マレーシアで働いている)の兄が、責任もつから月々20万ks私の方に収めるので、続けて店をやらせてくれと言ってきました。新しい借り手は、スタッフを総入れ替えするので、店の皆が失業するからです。

今まで月にマイナス20万から50万ksが1年8ヶ月も続いている店です。多分出来ないだろうけど、しかし、その心意気に免じてOKしました。

10月1日 9月分の売り上げから20万ksもって家に来ました!!

(マイナス20万→プラス20万です。)

まるで魔法にかけられたような気分です。

どこかで流れていたお金にストップをかけたのか?
分かりませんが、とにかく約束どおり20万ksもって来ました。

いま、そのお金で(まだまだ足りませんが)改装に入りました。もう少しやらせてみようと、やる以上はいい店にしようと思います。

これで、大きな悩みの1つが、解決しました。

ミャンマー不思議不思議!
------------------------------------------------------

実際、今10月の半ばだが、雨季もあけ今からが飲食業は活気ずく時期も後押しして、お客さんも増えてきている。営業開始してまる4年がたつ店です。

1年8ヶ月前から赤字に転落したのは、2004年1月から、飲食店にかかる税金、アルコールを扱うライセンス料の2つが同時にそれまでの12倍に跳ね上がったからです。(一挙に12倍の増税です!! これはたまらない!!)また、土地は国の物ですから、土地代も同時期に3.5倍にあがり、マネージャーから毎月税金分が払えない赤字だという報告を受けていた。

しかし、仏の顔も何とかで1年8ヶ月も赤字が続いて良くなる兆しが全く無いので、営業している意味もないし、改装費なども捻出できないので、だんだん店もスタッフも荒れた感じになって来ていた。また、丁度その頃から始めた旅行業で手一杯で、ほとんど店に私が顔を出さなくなったのも一因だと思う。

そこに、いろいろ買い手や借りたいという人達がやってきた。その中の一人に、東京に4年住んでいたシャン人の女性、同じようにビールなどアルコールを扱うレストランで成功しているやり手から、「買いたいのだけど」と電話をもらったのは、8月だったかな?店を案内させて、軽く売り上げなども聞いてた様子だったそうだ。(私は立ち会っていない)

彼女いわく「いい店舗だし、場所も悪くないし、しかし、高すぎるから私には買えない」値段のことは、仲介業者に任せているので、私としては、悩みが解決するのであれば、半額にしてでも売りたい気持ちがあったのだが、続けてプロである彼女が言った。

「木村さん。続けてやったほうがいいよ。あの店絶対やれるよ!会計がおかしいんだと思うよ。だから、1度スタッフを全部入れ替えて1からやったらいいね」と流暢な日本語で親切にアドバイスをくれた。

「スタッフを全部入れ替えたら」というのは、その後現れた、借りたいという人や、条件付で買いたいという人達がすべて口にした言葉だ。

悩んだ。患部は切り取りたいが、全員解雇となると、店を始めた理由が、そもそも自分の食いブチのためでないし、ミャンマー人に何か仕事を与えたかったのが動機なので、どうしたものか?この1,2ヶ月は頭を抱えていた。その時に現れたのが、店でお客さんの車番をさせていた40歳の村人である。

実直な性格で頑固で真面目、「自分の給料は要らない」といったそうだ。一人も解雇することなく、前のマネージャーもいながらにして(ビザが取れ次第マレーシアに働きに行かせるが)彼をトップに据えて、問題も起こらず動き出したのは。80%が同じ村人で、年配の人には逆らわないというミャンマー人の気質があってのことだと思う。

マネージャーの顔丸つぶれと日本人は思うかもしれない。この40歳代の男タンナイというらしい。名前も知らなかったくらいだ。マネージャーのおじさんに当たるらしい。問題ないわけだ。店の事でここのところ何度か話したが、寡黙で無駄なことは全く話さない。しかし、こんな人物が本当に信頼にたる人物なのだろう。

蛇足かもしれないが、会計を担当していた男が、田舎に用があるといって帰って(80%の村人と違う土地の出身)戻って来ていない。1年8ヶ月もお金が足りなかった原因もはっきりして来たようだ。

      by 木村 健一
 2005年 10月13日 早朝



8
マレーシアへの出稼ぎ 2005/7/8


 もう何年も前から「マレーシアに働きに」という話をよく耳にしていた。クアラルンプール経由で日本に帰国する友人を空港に見送って驚いた。マレーシアに働きに行く若者と見送りの家族で狭い空港内はごった返している。泣いている女性もいる、姉妹や恋人母親なども目頭を押さえている。わが友は、機内で隣の席のミャンマー人に話しかけられたそうだ。

「あなたもマレーシアに出稼ぎですか?」と、因みに友人は一応女性である。(その事がつづられたメールを読んで、大笑いしてしまった)8年前に、長期滞在したホテルのスタッフ(今やうちの会計)は、エヤワディ管区に家があるので、ヤンゴンのおばの家からホテル勤めをしていた。2回ほどスーレーパゴダの近所にあるその家にお邪魔したことがある。

家といってもアパートだが、冷蔵庫、テレビ、ビデオなど一通りの電化製品がそろっていた。そしておばさんの夫は韓国で働いていると聞いた。ミャンマー人のお金持ちで、全く外国と関係しない金持ちは少ないと思う、有形無形、直接間接に、外国企業、外国人、外貨と接点がある人達と思う。親から譲り受けた高級住宅地のバハンにある家を外国人に貸しているだけで、例えば月2000ドルの家賃1年分(ミャンマーの賃貸契約は1年分前払いが普通)で2400万ks。

一般のミャンマー人だと、一生働いてもこれだけの金額を稼ぐことはできまい。そこで少し金が用立てられる庶民レベルの人々が考えることは、海外での就労である。10年くらい前までは日本に行くラッキーな人も多かったようで、日本で何年間か頑張れば、ミャンマーに車と家が買えた時代があった。それがまた人の口から口に伝わって、日本蓬莱伝説のように、日本に行きさえすれば金持ちになれるという通念が定着してしまっていた。

多くの小説や映画にもその件(くだり)が出てくる。日本に恋人が働きに行っている間に、新しい恋人ができたストーリーや、日本から戻って金持ちになって見返すストーリーなどの映画を何本か見たことがある。さすがに今は日本神話も入国審査が厳しくなって一昔前の物語になって来ている。代わって噴出してきたのが、日本渡航を持ちかける詐欺グループ。ミャンマー人の元警察官と日本人が組んでやっているとか、マンダレーでは中国系のプエザーが暗躍しているとか、手付けの200万ksを騙し取られた話など、これは前回と重複するので省く。

マレーシアの話であった。うちのレストランのメンバーでも、これまでに4人がマレーシアに行き働いている、渡航待ちが2名いる。また、G&G旅行社の方のスタッフのドライバーの村人も何十人もマレーシアに渡っている。ドライバーのTUNTUNが、田舎から来た人が泊まる僧院や空国までの送迎を手伝っていて、それがかなり頻繁に田舎から若者がヤンゴンにやってきて、1週間くらいでマレーシアに渡ってゆく。同じ村人の世話は本当に感心するくらいよく見ている。

しかし、2ヶ月くらい前に、元スタッフで私が出資した奴ではないが、8ヶ月で戻って来た者もいる。長時間働かされて、パスポートも管理されていたらしい、経営者と喧嘩してパスポートは取り戻して帰国したものの、親戚からかき集めた金の返済が残されている。彼は、うちの勤務態度からもそれほど真面目な奴ではなかったので、そこの会社ばかりが悪いわけでは無いだろうが、中には病気(結核)で戻ってきて亡くなった村人もいる。

去年の12月のスマトラ沖地震の津波で、ミャンマー国自体はそれほどの被害はなかったが、プーケットなどで不法滞在で働いてる身元も分からないミャンマー人労働者がかなりの数いるだろうと言われている。

一昔前の日本で働いてきた人たちは、その当時としては多額の金銭も持ち帰ってきたが(多くは日本からアンダーグランドで送金していた)、その他にも家のインテリア、歌謡曲、日本の文化の一端も持ち帰っている。招かれた家の客間がふすまデザインの ガラス戸だったり、横にスライドするドアだったりした。

しかし、マレーシアで正規に3年間働いても、家どころか車1台買えない。ほとんどが親戚や兄弟に借りた金で働きに行っているので、それらの借金を返済すると、日本帰国組みのような「長者伝説」は聞かれない。それでも、ミャンマーの田舎にくすぶっているよりはましだろうと、より豊かに、より良い生活に、あるものは両親の孝行のため、あるものは恋人の結婚資金のため、多くの若者がそれぞれの夢と希望を胸に、今日もマレーシアに渡っている。 

by 木村 健一
7月7日 2005年 雨



7
お金の間違い 2004/7/29


 日本人が言えないミャンマー語の発音があります。ミャンマー人が苦手な日本語の発音も当然存在します。お互いこれで苦労しています。これは以前にも書いているのですが、日本人がミャンマー語を学習するに当たって最も難しい発音の1つに「タ」があります。日本語で「タ」「た」「田、他、多、太、」と書いたとします。発音を区別してくださいと言われたらできないでしょう。発音は「タ」と言うしかないですね。ミャンマー語の1000を日本語で発音を書くとタタウン(最初のタは1と言う意味)、10000もタタウンと発音しますので日本語で書くと区別できません。しかし、この千と万の発音はミャンマー人に言わせるとぜんぜん違うらしい。ミャンマー語を習いだして7年半まだこの区別が出来ません。私の場合は普通に「タタウン」と言うと全部「万」の発音だそうで、それで意識して「息を出して発音したタタウン」だと「千」と聞こえることが2,3年前から分かって来ました。しかし、聞き分けることはもっと難しく、どうしても分からない時もあります。だがしかし「お金」の話は何にしても重要ですから、私と私の周りにいる人達との間では、恥ずかしい話ですが5,6年前からこの2つを区別するために、「手話?」を交えて発音しています。つまり「千」の単位のタウンは手のひらを胸より下に上下させます。「万」の単位のタウンの時は、胸より上のほうに上下させて区別しているのです。ドライバーの親父なんか、これが習慣になってミャンマー人と話す時も、この手話を交えて話しているので、端から見るとずいぶん可笑しな光景に見えます。しかし、やはり「お金」の話は重要かつ重大なので、この手話交じりのお金の話は当分続くと思います。

 次に「10万」の話。これはミャンマー語での発音は「タテェイン」で日本人でも区別が出来ます。しかし、これはミャンマー人の方が必ず間違います。もうすごい確率で間違います。特に日本に何年も住んでいた流暢な日本語を話すミャンマー人でも、ほとんど間違えますから、本当に注意が必要です。どうしてかと言うとミャンマー語で大きなお金の話のなると、10万が一括りになる表現を使うからです。「10万がタテェイン」です。「タ」が1と言う意味ですから「1と10万」と言う言い方です。以下、100万ですと「セテェイン10と10万」1000万ですと「テェイン.タヤー10万と100」1億ですと「テェイン.タタウン10万と1000」と言った、10万を区切りに話します。ミャンマー人がこれを日本語に訳す時に、たとえば300万ksですと(30と10万は30テェイン)テェインを「万」と必ず間違えるので、日本語で言うと30万と言ってしまうのです。この国に来て何度これでトラぶったか知れません。相手が日本帰国の人で余りにも日本語が流暢なので、つい「えっ!そんなに安いの?」と思っていて、念のため書いてもらうと1桁間違っていることが多々ありました。

 それで前回このコーナーに書いた「日本人詐欺師」ですが、あれから気になっていました。いくらなんでも100万ksで日本に行けると言う話は、信じるミャンマー人の方が常識が無いと考えていたのですが、もしかしたらこの話を電話してきた日本女性が、10万の単位を間違えたミャンマー人に聞いた金額じゃないかと思い、この女性(まだ電話とメールだけで会ったことが無い)にメールで聞いてみました。ヤンゴンからNGOの活動がすぐにタウンジーに移ったとかで、この高校の後輩と言う女性はタウンジーに移ってしまい、しばらくは音信不通でした。長らくメールが繋がらない環境だったそうです。先日、この質問に答えてくれました。やはり私の想像が当たっていたようです。「すみません!ちゃんと聞いてみると、木村さんの仰るとおりでした。」という返事が届きました。

 ですから、被害は200万kを手付けとして支払っているので、ミャンマー人にとってはものすごい大金です。詐欺を働いたのは元警官のミャンマー人と日本人だそうです。大きな単位のお金の話の時は、英語で言ってもらうか紙に書いてもらったら間違いから回避できると思います。

 こないだも空港で、ヤンゴン在住が長い日本人に、日本語通訳が「今ランドクルーザーが安くなって400万ksで買えます」と私のすぐ後ろで話をしていました。その日本人の方は「安いね。すぐ買うようにしよう」と答えていました。ほとんど話をしたことがない方なので、口を挟むのもはばかれてそのまま聞いていましたが、通訳の人の間違いです。400万ではなくて4000万ksです。皆さんもお気をつけてください。

by 木村 健一
2004年7月25日記



6
日本人詐欺師 2004/6/15


 「木村さん、実は、、」といきなり電話がかかってきた。最近知り合いになった新しいNGOで活動している日本女性です。電話とメールで連絡を取っていますが、まだ会った事はありません。友人の紹介で私を知ったそうですが、何でも私の高校の後輩に当たるそうです。まだヤンゴンに着たばかりとかでアパート探しのアドバイスなど相談されています。しかし、今日の電話はどうも今までの相談とは違うようです。彼女のアシスタントの女性の夫が「日本で働きたい」と、ここまで聞いて顔をしかめた私でした。今までによく知りもしないミャンマー人に「日本に行くのを助けてくれ」と何人に言われたか覚えていないくらいです。又その類かな?と続いて聞いてみると、その夫は日本に行くための前金(20万ks)をすでにミャンマー人プエザー(ブローカー)に支払済みだとか。その説明の時に「総額は100万ksで、最初にまず20万Ks支払ってくれ」と言う話で、日本人も同席していたと言うのです。その日本人の名刺ももらったそうです。「Tホテルに宿泊していて、メールアドレスもあるみたいなんです」、そこでメールアドレスは本物ですか?と聞いてみると、「これはTホテルのアドレスになってますね」と言うことで、たぶん名前も偽名だろう。すでに連絡が1ヶ月も来ないらしい。最近耳にするのは、「日本へ行くのは800万から1000万ks」が相場だそうだ。しかし、実際にその金額出して日本に行った人を一人も知らない。100万ksだったら飛行機代にもならない。こういう怪しいルートとは別に、政府間で決められた公式ルートもある。制限はあるが、正規のワーキングビザを取得していく。最近多いマレーシアへの出稼ぎは80万ksくらいが相場だ。こちらは20人くらい実際に行った若者達を知っているし、今ミャンマーではマレーシアに働きに行くことがブームになっていて、週3便のマレーシア航空の飛行機はいつでもこの出稼ぎの若者で満席だそうだ。ですから、現在マレーシアでは、万単位のミャンマー人が就労しているものと思われる。比較的低額で行けるだけに、賃金もそう高くない。私も3人くらいお金を貸してあげてマレーシアに行かせている。お金がきちんと戻ってくるかどうかはあまり考えていない。今回の詐欺事件は「100万ksで日本にいける」という金額を、慎重に考えてみればすぐ分かりそうなものだが、日本人が「責任もって日本につれてゆく」と、「日本に就労」のミャンマー人プエザー(詐欺師)に日本人が手を貸しているのが新しいニュースだ。被害がこの他に何人いるのか分からない。

 この事件ではないが、ここでX氏のことを少し書いてみよう。彼のことをはっきり「詐欺師!」と言う人もいる。X氏は北オカラッパにある僧院で、私より早い時期からボランティアでミャンマー人学生に、日本語を教えていた方なのでそれほど悪い人とは思わない。しかし、僧院で会っても、こちらから挨拶しても目をそらされるので1度も話したこともない。

 ヤンゴン大学前で、私が2003年の2月からミャンマーの若者にやらせている喫茶店「NEWPOWER」がある。実はこの店を出す前、この場所はX氏の店だったそうだ。X氏の秘書のような仕事をしていた若者に「営業権」のお金を支払って、大学当局と正式に店舗契約をした。ところが、ある日突然、その秘書の祖父が乗り込んできて、店内にあったチーク材のテーブルや時計など(たいした金額ではないと思うが)を全て持って行ってしまった。何でも、「孫がX氏に半年も給料をもらってないので、これは我等のものだ」と言うのが、その祖父の言い分らしい。私のほうは、備品も込みと言う条件でお金を支払っていたのにこういう事態になった。その時点でミャンマーにいないX氏がどんな方法でその店の売却金を受け取ったかは知らない。数日後、3名の若者が私の自宅を訪ねて来た。「今Xさんがどこにいるか知っていますか?」と尋ねられた。「病気でタイで入院してると聞いているけど」と答えると、一人の若者が流暢な日本語で「日本人にとってミャンマーのお金で300万ksはそんなに大金ではないでしょうが、私にとってはものすごい大金でXさんに貸して返してくれません」と言った。他の2名も出資金を2倍にして返すと言う日本人の甘い言葉を信じて100万ksと50万ksを1年前に貸したそうだ。X氏の詐欺被害はその他ヤンゴン在住の日本人にも及んでいる話を複数の日本人から聞いた。タイのバンコクやフィリピンのマニラでは、日本人をだます日本人が後を絶たないらしいが、ヤンゴンにも出現したかと言う感想を持った。蛇足だが、私はX氏から店舗を正式に買い取っただけで、何の被害にもあっていない。

by 木村 健一
2004年6月11日記



5
税金あっぷあっぷ 2004/5/25


 今ヤンゴンの飲食店が大きく揺れている。今期から税金のシステムが大きく変わったせいだ。今日エレベーターの中で、日頃全く話し掛けてこない5階に住む中国系のおじさんが、「レストラン上手くいってますか?」と聞いてきた。いきなりだったのだけど、「まあまあですね。雨季は客が少なくなりますね」と言った会話を交わした。その後、私のレストランの経営上のパートナーでもあり、運転手でもあるおっさんにこの事を話したら、奴には5階のおじさんがもっと深刻な話をしていたらしい。5階の人はどうやら(ヤンゴンの西のほうにあるタキンミャイン公園内にある)北京ダッグで有名な「WESTERN PARK」1、2の出資者の一人らしい。ヤンゴンを代表する有名な大型店である。主に台湾からの観光客や中国本土からのお客さんが多い。中国人の経営の店と聞いていた。去年の5月から8月くらいまで、サーズの影響で開店休業状態だったそうだ。
  ☆WESTERN PARK 2の出店に関して
  話はそれるが、幾らお客が多いからって、大型店の真横に全く内容が同じの大型店2をオープンしている。芸が無い。日本でもこういった出店は失敗が多い。自分も同じ愚を犯したことがあるので言えるのだが、飲食店は繁盛していて、お客さんが入れ切れないくらいの時が華なんだと思う。それを欲を出して、すぐ近所に姉妹店や2号店を出したがる。チェーン展開はまたコンセプトが異なるが、こういう2号店の出し方はまず成功しない。しかし、経営者は自分が目の届く近所に2号店を出したがる。
 このWESTERN PARKも今期から土地の貸借料が、2店舗とも月額50万ksから120万ksに引き上げられたそうだ。年間にすると1700万ks近く支出が増える計算だ。こんな大型店ではないがうちの公園のレストランも、今期から、国から借りている土地の貸借料が2倍以上に跳ね上がった。加えて飲食店にかかる税金(今まではホンのお菓子代程度だったのが)が年間120万Ksとビックリするくらい上がってしまった。アルコールを扱う店にかかる酒税がやはり120万ks。酒税も過去にこんなに高額ではなかったそうだ。この3種類の税金が同時に値上がりを云って来たのである。ヤンゴン市内にある飲食店は騒然として、早々と閉店を決めた店舗もある。うちも簡単な試算だが、純利益が3分の1になるだろう。アルコールを扱う店はどこでも,いろいろなトラブルが起こりやすい、そんな苦労をしてこんなに税金で持っていかれるのなら、やってる意味が無い。転売する店もでてきた。またアルコールを売らない喫茶店に店替えをする店舗も多くなった。うちも開店以来最大の難問に、マネージャーとパートナーの親父そして私で話し合って,とにかく2,3ヶ月様子を見る事にした。
 ☆もう1軒のNEWPOWERのこと
 日本の方には分り難い話かもしれないが、もう1軒の私がやっているヤンゴン大学前の店NEWPOWERは、この3つの税金改正と全く無関係だ。まず喫茶店でアルコールは扱ってないので酒税は初めから無い。店舗の貸借料も店の税金も、NEWPOWERがある土地はヤンゴン大学のキャンパスではないが、広大な大学の土地の一部で、大学の寮や教授達の住い等もあり、文部省の管轄になる。停電もほとんどないし。今回の税金の件もここは全く関係ない。また最近こちらのNEWPOWERは本当に早朝から夜まで、お客が切れる事が無い。今は、みんなが言うのは「喫茶店の時代」のようだ。5,6年前はビヤガーデンがどんどん開店していく時代があったが、今では閉店した店も多い。

 全てを把握しているわけではないが、他の税金はどうなっているのだろうか?相続税とか?土地の売買の税金?私の耳に入ってきたのは車の税金。今までは売買契約が成立すると、売る側も買う側もとてつもなく安い価格で売買が成立した書類を作って、わずかばかりの***と税金で全てが納まっていた。今はそういった猿芝居が出来ないようになったらしい。政府の方で税金を決めているのだ。例えば1990年のトヨタカローラなら「いくら」と。そしてそれは車の持ち主にかかってくるので、今車が売れないのだそうだ。したがって、ものすごく車の値段が下がって来ている。

 どうして急にこれほど税金が厳しくなってきたのだろうか?私は経済学者でも研究者でもないし、**発表のあてにならない統計や調査結果など見た事も無い。ただの素人の私だが現実は見ているつもりだ。一つは今までの税金制度があまりに杜撰(ずさん)であった事、税金を上げて反政府感情をあおりたくなかったここ10数年の事情もあるだろう。また、2006年に開催されるアセアン会議の議長国に向けて,ヤンゴン市内が大造装中なのだ。幹線道路の拡張工事(ほとんど終了)カンドーヂ公園の改修工事、インヤー湖の遊歩道の美化、ヤンゴン国際空港の拡張工事等等、今急ピッチで工事が進んでいる。更に今年の1月4日から国家公務員の給与が全員一律5000ks昇給した。公務員には軍人さんも入るのかもしれない?入るとしたら70万人くらいに昇給となると、ものすごい金額が必要になってくる。財政はどうするのか?こんな所が今回の増税の背景だと思う。

 今人々が願っている事は、今回のこの政策も過去の数々の朝令暮改の前例よろしく、なし崩し的に消滅するのではないかと言う期待ですが、どうなりますやら。

*今回の貸借料の値上げは国から土地を借りている店舗のみです。個人の土地や店舗を借りているところはもとより国の土地より貸借料が高くて、1年契約が普通。

by 木村 健一
2004年5月24日記



4
小説の中にみる経済 2004/4/29


 4年間劣等生ながら通ったヤンゴン外国語大学の教材に使った小説です。作者は女流文学賞を受賞した事もあるマ・サンダです。この小説「人生の夢、花の夢」は、同じアパートに住む4家族の物語です。

 主人公のウ・バブアは傲慢で友人も少なく、3人の子供たちも全く彼の家に近づきません。近所の人からも煙たがられています。そんな彼がガンの宣告を受けて、自分の人生を振り返り近所や周りの人たちのために、残された人生を有意義に使って亡くなるまでの物語です。主人公ウ・バブアの2階に住む3人の兄弟は、物語の途中で車の事故で両親を失います。その子供たち特に医者を目指している14歳の長男のために、大金を彼の友人である医者に託します。金額は100万ksです。この時ウ・バブアは、「よほどの事が無い限りこの金で充分大學までいけるだろう」と呟きます。それは取りも直さず作者の声なのですが、この本が書かれて10数年の間に物価が何倍にも上がって、このストーリーが実際であれば3人が大学までらくらく進学してゆくには、学費は安いとしても、生きてゆく為の生活費等を考えるとかなりの無理があります。しかし、10数年前に今の物価高をいかに才女のマ・サンダーも予測だに出来無いくらい物価が大きく上がってしまったのです。

by 木村 健一
2004年4月28日記



3
この国のお金持 2004/2/24


 初めにお断りしておく。ミャンマーに来て早や6年、自慢ではないがお金持ちの知り合いは一人もいない。うちには36〜7人のスタッフがいるが、大卒が1人だけだ。その彼がこのあいだマレーシアに働きに行ったので、現在大学生が5人くらい働いている他は、学歴が小学5学年だけとかが大半の、すごい田舎からきた正直で働き者ばかりで、お金には無縁な連中である。4年間過ごしたヤンゴン外大にも、学生はお金持の子弟もいたろうが、付き合いはなかった。先生達とはかなり親しくなったが、先生とて公務員、決してお金持ではない。高級住宅地のバハンに住む友人など1人も知らない。

 しかし、最近ヤンゴン市内に建築中の高層コンドミニアムの大半は、建築完成前に売切れてしまう。7000万Ks(日本円で1000万円近い)である。時々読む経済雑誌の土地売買の欄に、バハンの土地付き家が売りに出てることがある。8億KS!!! 日本円で1億円くらい!? 一体こんな物件誰が買うのだろうか? 1台7000万Ks以上もする高級車を、6, 7台持っている方もいらっしゃる。そんな高額でなくても、ヤンゴンでは比較的高いものを売っているスーパーに行ってみる。たとえばヤンキンセンターをはじめとし、5店舗ほどの店があるCITY MARTなどだ。このスーパーマーケットはいつ行っても、お客がメチャメチャ多い。日本の食材もけっこう置いてある。しかし、醤油を2本買ったら公務員さんの月給と同じくらいになる。安い中国製品も多いが、ほとんどの物が外国製品だ。とにかくここで毎日買い物ができる層が、ヤンゴン全体の何パーセントくらいになるのか、いつも考えてしまう。ということで、CITY MARTでミャンマー人の知り合いに会ったことがない。まぁそのうち、お金持の知り合いができたら、そのあたりをまたリポートします。

by 木村 健一
2003年11月23日記



2
金銭感覚は皮膚感覚 2004/1/4


 チン州に初めて行った時、帰りの道中すさまじい道を通ったが、その帰りのジープの車上での話だ。我々一行の中に、当時ヤンゴンにひとつだけ残った日本の銀行の支店長(今は退職されている)がいらっしゃった。前の席に日本語がペラペラの女性ガイドKさんと、日本の経済とお金の価値について2時間くらい懇々と話されていた。車の前の席に座られている2人の会話は、すぐ後方に座っている私の耳にほとんど全て入ってくる。もちろん正しい事を支店長氏はおっしゃっている訳だが、私にはKさんが理解してないことも分っていた。ミャンマー人は相手を気使って「分りません」「理解できません」と言う言葉を発しない。フンフンとうなずいているので、理解してるものとこちらが思っていても、実は全く分ってない事がよくある。

 Kさんは本当に賢いし、一度も来日したこともないのに、漢字の読み書きもできるし、早口で日本語をまくし立てることもできる。そういうKさんに後でこっそりと聞いてみた。「支店長の話理解できた?」やはり「全然分らなかった」というのが答えであった。もちろん、言葉の意味は分っているのだ。しかし、お金と言うのは自分が実際に使ってみないと実感として理解できないものだと思う。日本に来ている留学生も、最初は日本円の価値が分るには数ヶ月はかかる。実際に100円で何が買えるか、1000円握り締めてコンビニでどのくらい買い物ができるかなど、実体験を通して皮膚感覚で身についてゆくものだ。数字だけ並べられても「お金」と言うのはなかなか理解できないのである。それで、このコーナー「物価と経済」は、どうあがいても読者がルエルエ(ミャンマー語で簡単)理解できるコーナーにはならないと思う。まぁ〜能書きはいいから何から報告してゆきましょうか。

by 木村 健一



1
コーナーの始めに 2004/1/4


 何も私が苦手なのは、経済だけではない。政治も苦手、数学は全くダメ、機械も音痴、コンピューターも助けてくれる人がいなかったら全く出来なかった。一番甚だしいのが「方向音痴」。これは、普通の人には呆れられるけど、そういう人間もいるのである。道が頭の中で繋がらないのだ。この道を行くとここに出るというのが、ヤンゴンに住んで6年だけど全く脳の中で構築する事が出来ない。ということで、車の免許も持たないが、ドライバー頼りで何とかなっている。こんな私に旅行業は無理だと考えていた。しかし、考え方を変えればこんな方向音痴の人でも安心して旅行してもらえるような旅行会社にすればいいのだと考えた。一人でドンドンどこでも行ける人は、ドンドン行ってもらってかまわないから、私のようなドジな人を相手にしてゆこう(笑い)
 *GOLDEN GARDENは、スタッフがしっかりしているから大丈夫です。それで、この「物価」とか「経済」のコーナーは私にはとてつもなく書くのが難しいのでやめようかという話があった。でも、天邪鬼の私はあえてこの難しい「物価、経済」のコーナーを、「木村が苦手な経済の話」として、書けるところまで書いてゆこうと思う。途中でギブアップしたらごめんなさい。なお、過去に書いたものもここに載せていきますので、掲載順と時間的な順番が前後することもあります。

by 木村 健一

ヤンゴンライフ Yangon Life
ミャンマーブロク Myanmar Blog
ミャンマーに暮らしてmyanmar
ミャンマーで考えたこと
ミャンマー大好き
行ってきました,ミャンマーあちこち
Goin my 留学
木村健一の留学体験
麻生あかりのヤンゴン日記
ミャンマーで活躍中
活躍中の日本人
ミャンマーあれもこれも
芸能界NOW
苦手な経済の話
サイト紹介
リンク ミャンマー
掲示板 <BBS>
ヤンゴンライフ Yangon Life TOP 

 


-- WEB作成:CIS & Goto Osami --