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ロミオとジュリエット 

2005/10/10


ROMEO&JULIET 1968年

DVDで「ロミオとジュリエット」を見た。帰宅すると、すでに家人どもが見ていたのだ。多分私が高校生くらいの頃話題になっていた映画だ。主演のオリビアハーシーが、ものすごい人気で、ロミオ役のレナード・ホワイティングも、アランドロン以来の美男子というふれこみであった。当時全く興味も無かったので見ていなかった。途中から見たので、再度初めから鑑賞した。

映画の中のニノ・ロータ作曲のテーマソングをミャンマーの歌手がコピーを歌っているが、聞かれたものではない。ミャンマーでは、誰もこれがこの映画の主題歌と知らないだろう。

ネットで調べたら(今はこんな昔では考えられなかったことが出来る)、当時オリビアは17歳、相手役は18歳。フランコ・ゼフィレッリ監督の演出がすばらしい。一気に引き込まれて最後まで見てしまった。この監督の映画に,アッシジの聖フランチェスコの生涯を描いた「ブラザーサン&シスタームーン」がある。これは公開当時見ている。前作ほど評価されなかったようだ。〈宗教映画のせいもあるだろう。色彩がすばらしかった)

1997年の正月だったと思う。厳寒のニューヨークはメトロポリタン・オペラ劇場で、プッチーニのオペラ「トスカ」を観劇した。劇場は、アメリカ映画「月の輝く夜」の中で使われたことがある。高い天井から下がっている数十個のシャンデリアが、開幕前に静かに天井の中に収納される壮大な仕組み。「トスカ」は、藤原歌劇団の「トスカ」のビデオで予習しておいたので、何とか理解できたが、最も感動したのは絢爛豪華なその舞台美術。回り舞台ならぬ、舞台全体が上方に上がって行って、下から次の舞台場面が現れる演出に度肝を抜かれた。舞台美術の監督にフランコ・ゼフィレッリの名前を見つけて驚いた。ヴィスコンティ監督の弟子とされているが、もともと舞台畑の人だったことを思い出した。-また、明るくなった劇場で、出口に向かう群衆の中に大勢の日本人観客がいたことにも、別の意味で驚いた。

レナード・ホワイティングは、今どうしているのだろうか?3,4本B級の映画に出たあと、姿を消した。55歳になっているはずだ。

オリビア・ハーシーもその後「サマータイムキラー」「ナイル殺人事件」深作欣二監督 草刈正雄共演で「復活の日」などに出演しているが、ジュリエットを超える役は回ってこなかったようだ。上記の映画は見ているのだが、映画の中のオリビア・ハーシーは全く印象に残っていない。布施明との結婚くらいが話題で、長らく忘れられた人になっていたが、2004年20年来の悲願だった「マザーテレサ」役で話題になっている。54歳になっているはずだ。

とずいぶん前に、友人からいただいていた「ロミオとジュリエット」を偶然に見て、私が中学2年生当時メキシコオリンピックが開催されていた年に製作されたて事や、日本公開は1970年頃、成績の悪い高校生だった事等を苦笑いしながら思い出した。

説明の必要も無いと思うが、「ロミオとジュリエット」は、2人が出会って、一目で恋に落ちて二人して亡くなるまで、わずか4日間の恋物語である。

この4日間に、ロミオは若者の馬鹿騒ぎ、短気、喧嘩に巻き込まれ、友人を亡くし、自らも友人を殺した若者を殺す。それがジュリエットの従兄弟であった。こんな中で、ジュリエットがある薬で仮死状態になるという情報が上手くロミオに伝わらず。結局は、二人とも自ら死を選ぶ。日本風にいうなら情死である。ゼフィレッリ監督は、シェークスピアの原作ではジュリエットは14歳、まだ幼さのの残るそれでいてノーブルな顔立ちのオリビア・ハーシーを起用し,全編をニノ・ロータの音楽とともに格調高く演出して成功している。

一本のDVDを見ただけなのに、とりとめも無い思いが次から次にわきあがってきて、時々ヤンゴンの夜をかように過ごしている。

 

2005年 10月8日   鼻水が止まらない夜に。
by 木村 健一

 
 
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